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伝統芸能
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山路踊り(さんろおどり)の起源
通説では森藩八代藩主の久留島通嘉(1787生-1846没)が江戸から召し連れてきた御部屋様によって伝えられたといわれているが、これを裏付ける資料は、現在見つかっていない。それ以前から通嘉の寵愛していた”老猿の歌”を奥女中が謡っていたもの等の諸説がある。
2度の再興
それがいつしか忘れられ、昭和10年(1935年)頃、森町女子青年団によって再び踊られるようになった。これが「正調山路踊り」といわれるものである。しかし戦争で忘れ去られてしまう。
戦後、森町議会議員 園田ハルエによって復活の提案がなされ、昭和25年(1950年)の第1回日本童話祭にはメインイベントとして、「山路踊り(数え唄)・酒宴づくしの唄」に合わせて正調山路踊りが披露された。
保存会の結成
また昭和35年(1960年)10月15日には、保存会が組織され、同38年(1963年)に家庭舞踊家の千葉氏が来町し、時代に沿って一般の人々が踊りやすく親しみ易い、「新山路踊り」を作成した。現在では、「正調山路踊り」を踊れる人は少なくなり、「新山路踊り」が主流である。
平成11年(1999年)8月27日に玖珠町指定無形民俗文化財に指定された。
※パンフレットはクリックすると拡大します